出会い

を撫でて行く風が何とも心地よい春の日であった。美術大学デザイン科の受験に二度失敗した私は、自信を喪出したことと将来への不安でいっぱいになり植物園のベンチで長い間昼寝をしていた。目を覚ますと、80歳を過ぎたくらいのご老人が躑躅の写生をしている。美術を志す人間としてまことに恥ずかしいことではあるが、その時まで絵描きが目の前で水彩画を描いているという状況に出くわしたことがなかった。ご老人は熱心にのぞき込む私に、
 「絵が好きかね?」
と尋ねてきた。私は美術大学浪人の生活が二年目に突入したことを告げた。とうとう作品が出来上がるまで見続けてしまった。帰り際に
「今度は嵐山に写生にゆく予定だが、あなたも一緒に来るかね?」
と誘われ、
 「行きます!是非一緒に連れっていってください。よろしくお願いします。」
何故か何の躊躇もなく返事をしていた。
 片岡球子先生が私の恩師であることは周知の事実かもしれない。しかし、片岡先生と出会う前にこのご老人との出会いがなかったならば、日本画の世界に進もうなどと露ほども思わなかっただろう。
 「私は心臓に持病があり、いつ何時お迎えが来るかもしれない。よかったら私の知る限りの水彩画の技術をあなたにお教えしましょう。」
若かりし頃の夢が絵描きになることであったと、この私に託すように語ってくれた。その後一年間ほどそのご老人のお供としていろいろな所に写生をしに行くことになった。ご老人と過ごしたあのゆったりとした時間が、不安でいっぱいだった私にはたまらなく嬉しかった。あれから何十年が過ぎたであろう。ご老人や片岡先生が亡くなられている今、私も一絵描きとして邁進できているであろうか。
出会いほど人生を大きく左右するものはない。今まで様々な人や物に出会ってきた。その中で何かのきっかけを貰うことができた出会いがたくさんあったように思う。今、もう一度あの時のご老人にお会いしたい。そして絵描きとして歩んでいることをご報告し、感謝の言葉を伝えたい。