春日権現験記絵巻について

年(H.21)は、平成天皇御在位二十周年を記念する行事が数多、行われるようですが、中でも御物の公開は、楽しみな事です。
 以前は、院展のレセプションに於いて、必ず乾杯の音頭をとって下さった、東大名誉教授秋山光和先生の御著書に、御物中の白眉といえば、春日権現験記絵巻である。との御解説があり、しかも『日本絵画史上最も貴重な基準作例であり・・・』とも言われております。いつの頃からか、記憶の底に埋め込まれていたこの御言葉が、昨年の正月、東博で催された宮廷のみやび展に於いて初見した渡辺始興の筆になる、この絵巻の復元模写により、まざまざと思いおこされたのでした。
 初学の頃より常にお導きいただいて来た師、今野忠一先生を失って、学ぶべき道標を見失いかけていた折でもあり、この『最も貴重な基準作例』と言う金言を糧にして、初心にかえって、この絵巻を通して日本画を学び直してみようと思ったのです。
 始興については大ざっぱな知識しかなく、これ程の技量の持ち主という事は全く驚きで、色々と調べてみれば心に残る作例もあるし、佳作揃いであり、光琳の名声にかくれているだけで、この作家の研究を怠っていた愚かさを知らされる事に。
 近衛家という大パトロンの下で、実力を大いに発揮した事は作家として幸せな事であり、又実力通りの活躍であったとも言えるでしょうか。とかくビッグネームにとらわれて周辺の本物の耀きに気づかぬ事など、ありがちなものです。何しろ、一点一線をないがしろにしない卓抜した技には有無を言わさぬ説得力があり、たった今、出来たのか、とみまがう程の品格を保っており、絵具の良さと相まって、目の覚める様な出来ばえ。
 線を引けるか?描けるか?に絵のすべてがかかっている、大和絵の王道とでも言いましょうか、昨今の日本画、洋画の近似接近も、ロクな線も引けぬ画家の余迷い言かも・・・。と思わされる程。
 ところが、今年二月、京博に於いて、御在位記念展に出陳すべく修復なった原作と、始興による復元模写とを対にして比較してみると、何と、明らかに、原作の方が上!
修復されたとは言え、年月を経てやつれてしまったオリジナルなのに、絵具も上等、筆力も上手。
 原作者高階隆康という方の力量たるや・・・これは・・・何故?
 おそらく知らない人の方が殆どで、高階隆康という、聞いた事もない様な画人が、『日本絵画史上最も貴重な基準作例』を描いた人である事に、思いを寄せて、改めて、考え直さねばならなくなりました。