司会者
私は松尾先生の「風化」という作品が、その作品と、あと言葉で、ちょうど41歳の時の先生の作品で、生活が安定したことによる、そこに安住して、それ故に精神の風化が進んでいるのではないかということを書かれている。私は、まあ、年代が43歳で、ちょうどその頃の先生のお気持ちと一緒で、胸にジンとくる言葉であり、今、まさにこの皆さんにも通じるようなことが感じられて。
松尾
要するに、自分自身を常にこう、疑問を持って見てないと絵描きって駄目だろうと思いますよ。ですから、よく私は、若い人たちと話している時に、絵の道というのは、所謂、自分の可能性を探っていく道だって話をするんですね。だって、可能性っていうのは、自分でも知らない可能性がいっぱいあると思いますよ。それを、自分からもう自分のことは全部知ってしまったと思ったら、もうお終いであるから。できるだけ、まだ自分の知らない自分というのは、どこかにいるのではないかなっと思いながら、それを探す、探って行くのが一生の仕事でしょうからね。
そうすると、たとえば今、おしゃっていただいたのですけど、私も41歳頃といのはそろそろ、家庭も安定しているし生活も少し、大観賞なんかを頂いていたお陰で、一応絵だけで何とか暮らしをね、明日のことを心配しないでも済むようになりつつあったかなって、そういう時代なんですよ。
平和ぼけになっているのではないかという、そういう気持ちで、精神の風化をおこしているのじゃないかと自分自身に問いかける必要があるなと思ったのです。それで、そういう風化という言葉が浮かんできて、それをまたひとつ絵にしたわけです。それは、いまだにやっぱりずっと続いているし、例えば、今年は富士山描きましたけども、もう今まで富士山、何十回となく描いてるし、写生に行ってるし。それでも今年、富士山もう一回描いてみようと思い、今年の3月に行きましてね。
それで、着いて夕方までに、僕はいつも写生をしたのは一番大きい、このぐらいの紙があるでしょ?僕はいつも和紙でこのくらい大きい画用紙が、あれを使いますすけどね。あれをまず、夕方暗くなるまでに、まず一枚写生をして、それから今度食事の後。夜は見えませんから、寝てから朝5時ちょっと過ぎぐらいに起きて、暗い中に段々富士山が浮かんでくるところを、ホテルの窓から、写生しながら朝食まで描いて、それから朝食が済んでからもう一回、今度はもう少し明るくなってる富士山を又同じ場所から描いて、3回目の写生をしているときに、あっそうだ、今度の一枚こういう風に描けば何とか今までと違う一枚が描けるような気がしてきて。
やはり、3回目の写生の時ですね。だけど、明け方の富士山が描きたいのですから、僕としては、寝坊で、放っておくと夜も遅い代わりに、昼間、どうかすると12時くらいまで寝ている位ですから。10時間ぐらい平気で寝てる方なのに、富士山へ行った時だけちゃんと5時に目が覚めるようになるんですよね。それで、暗い中にこう段々浮かんでくる富士山を写生しながら、陽が出てくるまで。それでもまだ決まらなくて、今度もう1回、3枚目描いたときに明け方の富士をどのように描けばいいかなっていうので、自分なりの結論の中でデッサンを、3回目の写生をしてからですよね。
だからそれは、富士山だったらもうソラで描けるでしょうって言う人がいるかもしれないけど、それはその位長く見てもいるし、絵も画いてるし、写生してるのですけれど、それでもまだ自分が知らない富士山が描ける、まだ描けなかった富士山が描けるのではないのかなと思ってやったのが、今年の絵でした。
司会者
この際ですので、折角なので皆さんから先生にご質問があればと思うのですけど。これも順番でいかがでしょうか?こういう機会は滅多に無いと思いますので。それでは、乾さんからどうぞ。
乾 露予
私は、植物が好きで、よく植物の絵を描きます。自分の表現したいものを入れようと、でも中々思っているものがそのまま絵には描けなくていつも苦しんでしまいます。どうしたら、できるだけ自分の思いを絵にいれることができるのでしょうか?
松尾
この作品を拝見していてもそうなんですけど、私は今のあなたの時代だったならば、このやりかたでいいと思いますよ。
つまり、自分のイメージがあって、そのイメージを表現するための花ですね。それでいいと思いますよ。ですから、そういうことをどんどんどんどんと重ね重ねてやっていくうちに、今度、花と向かいあって、写生なさるでしょ?私も勿論花は、必ず写生をしますけれど、写生すると、そこでね、花が生きているんだなって感じる訳ですよね、写生しながらね。そうすると、花の形ではなくて、その生きていることが美しいのだなっていう風に考えられるのではないのかなと、思いますね。ですから、私の場合にはあくまでも写生の通り描いてます。よく牡丹、牡丹といって、牡丹を描かされもするし、また私も好きだからよく毎年写生に行って、その度に、牡丹の花ばかり写生して帰って来てますけど。やはり、何回描いても、何回見ていても、面と向かっている花とは、それは初対面なんです常にね。その花との初対面なんです。そうすると、初対面同士で、所謂、こんにちはから始まるわけです。いやーこんにちはで、ご機嫌いかがっていうような会話がお互いに生まれていく。そういう会話をしているうちに、何か、相手が生きているのだなという気持ちで生命感みたいなものが、うまく出せるとすれば。
私はだから決して、作っていません。写生をしたものを、そのままただ日本画の絵の具で描いているだけなんです。でも、見た人から花の生命を感じるとかね。そういう風に言って頂けるので大変ありがたい言葉なのですけれども、自分としては、そう言ったものを出そうと思ってやってますけど、ただ花と話をした時の会話をもう一回自分の筆で繰り返しながら、なぞって行っているだけという気持ちなんです。上手くするとそれが相手の生命まで写しだすということになるのかなって。
自分でそれは判断できません。自分では、あくまでも写生のとおり描いているだけだから、十年一日のごとくかなっと思うのですけれど、やはり毎年、毎年、写生を重ねていくと十年単位ぐらいで少し変わったなって自分でも解ることはありますよね。去年の絵と一昨年の絵と比べて見て、今年のとは変わりないのだけれど、十年前の絵と比べると、あ、同じ花描いても花の見方が少し変わってきているかな、こんな風に変わったかなって、ちょっとしたズレみたいなのがね、自分で感じることがあって、やはりこれはその度に写生を重ねて行くでしょうね。
だから、生きているってことは、これは感動ですからね。自分も生きているけれど、全てのものが生きている訳ですよね。ですから、その感動を描くという気持ちでいいと思いますけどね。ただ、乾さんの場合は、今年の絵で初入選したように、ある意味、まず自分のイメージがあってそのイメージの中に花を生かして行くっていうやり方は、当然それでいいと思います。それ以上難しく考えないで、その通り暫くやって行ったらいいと思いますよ。そのうちに、段々だんだん絵って自然に変わりますからね。
乾
ありがとうございました。
司会者
では、次、栁田さん如何でしょうか。
栁田晃代
描き始めてから描いているのが楽しくなってしまって、最初のイメージの絵の具の綺麗さだったりとか、そういうことに段々気持ちが移って行ってしまって描き始めの、こういう風に仕上げたいというものと、再度、仕上がった時とが何となく、あ、この色綺麗だなっていうことに段々引きずられていって、最初の思いとちょっと違うことで終わってしまうようなことが往々にしてあるんです。これを描きたいと言う思いを最後まで続けて、絵の具の色の綺麗さとかに引きずられずに最後まで一貫して描けたらいいなと思うんです。どうしたらよろしいのでしょうか?
松尾
私は、自分の場合ですと、一番最初にこの絵はこう描こうって意思はあまりないんですね。まず、色から塗りだしていくとね、やはりかなり迷います。どうしたらいいのだろうかって、いうことでかなり迷っていくうちに段々だんだん、そうだ、こうすれば自分の気持ちが出てくるのかなっていう風に気がついて来るところがあって。そこから少しづつ絵が変わって行くのかなって。最初に思ったことが変わるのではなくて、最初は私の場合はあまり考えていないんです。大体は考えますよ。今度の富士山を描くに当たってはこういうイメージで描きたいな、だけどそれをどうやって表現できるかなってことは、筆を下ろすまでわかりません。ですから、やりながら考える。私の場合はやりながら考える。それで、途中で、だから随分迷ったりして今回、この富士山はあまり迷いませんでしたけど、秋の展覧会などは必ず1回途中で消すんですよね。もうつまらなくなって。どうして、こんなつまらない絵を描き出したのだろうって、がっかりした気持ちがあって。その時は、1回全部消して見ました。、いまでも相変わらず消してます。消してしまって、それから今度それを洗い出していくわけ。洗い出して来ると、そうだ、この道で行けばいいんだっていうことが段々だんだん自分に見えてくる。その為に消すんでしょうけどね。だから、最初から結論が見えている訳ではないのです。常に、手探りですからね。探って行くうちに何かにぶつかるかも知れない。ぶつからないことだってあるのですよ。
栁田
先生、どうもありがとうございました。
司会者
では、次は新谷さんお願いします。
新谷有紀
私は今、大学の方で先ほど言いましたが、古典の模写、古典研究を通して日本画を勉強してより深めている訳なのですけど。今と昔とで、やはり大分違う作品の作り方だと感じます。素材は同じような近いものが残ってますが。私は今、古典の研究としてこれからの自分の作品を、どういう風に新しいものを作りつつも、精神性というのでしょうか、受け継いでいくものを模索している最中です。自分にとっての原点のようなものを探しております。先生にとっての創作の原点、古典はどうだったのでしょうか?
松尾
私の場合には、堅山南風先生という所へ、先生を尊敬していて、その先生の弟子になりたいっていうところから入って来ましたからね。新谷さんのように基本的に積み上げて行くような写生ではなくて、自分でみんな、最初から手探りなんですよね。あの頃は、塾というのはね、先生はああしろこうしろって絶対に、南風先生の場合はそれは仰らなかったです。ただ、好きなようにやりたまえ。で、それから写生をよくしなさい、とそれは言われましたけどね。自分で、何かお手本を探してきて模写することはしました。ですから、徽宗皇帝の桃鳩の絵だとか、李安忠の鶉図だとか、それからあと絵巻物ですよね。自分なりに模写をして見たり、雪舟の山水長巻なんかを模写してみたりと、そういうことをしたんです。ただ模写をしながら自分で考え、感じたのは、模写をするとその原画を描いた人と同じ気持ちにフッと戻れる瞬間があった。それがとても良かったんですよね。あ、そうだ。この人はきっとこういう気持ちでこの絵を描いただろうなって、それこそ何百年もの間、あるいは千年ぐらい前の人の気持ちが自分と共通に、何かこう、感じることがあって。僕は模写をするときに一番良かったのは、同じ気持ちになれたという。多分、描いた人はきっとこういう気持ちで描いただろうなってことが解ったということです。ですから、その模写で覚えた技術は大事なことではないと思うのですよね。だから、もし技術を覚える為に模写をするとなると、模写ということが邪魔になることがあるかも知れませんよ。模写をすることによって、原点に自分も共通の場を持てるということが、それが模写することの大事なことであって、技術を学ぶために模写をするのではないんだ。学校の際には、模写そのものがひとつの仕事として、完成度の高いことを求められますから、そういう技術も一所懸命にやるべきですけど、それと自分の絵と一緒にしないほうがいいかな。ですから僕も知っている人で、大学院で修復を勉強したけれど、逆に言うとその人のいい物がちょっと見えなくなってしまった時期があったということを感じることがありました。どうしても、覚えた技術を使いたくなるんです、自分の絵の中に。そうするとね、枝葉にばっかりこだわってしまって、一番大事な幹の部分を失ってしまうんです。確かに、技術というのは枝葉ではあるのだけれども自分の根幹ではないですよね。技術なんか無くても良い絵は描けるんです。ゴッホを見ればわかります。ゴッホは、絵としては素人だと思いますよ。でも素晴らしいものを持っているし、あれは人間という根幹があるからでしょうからね。絵で大事なことは、そういうことだなって思ってますから。技術は勿論知っている方がいいんです。私は所謂アーティストではなくて最初は、アルチザン(職人)であるべきだという主義なんですよ。つまり技術屋さん。僕は未だに、私は絵描きやさんですってよく人に言います。芸術家ではなく、ただの絵描きやさんなんです。だから、絵描きやさんっていうのは技術を持っていることなんです。技術がないと、何か自分の目の前に壁が聳え立っているときにそれを乗り越える方法が中々見つからない。これは、人間性だけではどうにもならない。技術を持っていると、その壁が意外に乗り越えられます。乗り越えたところからもう一回また大きな壁にぶつかっていくということは当然ですけれどもね。だから、根幹は人間なのですけれども技術も決して邪魔にはならない。ただ、技術に偏重してしまうと、それが自分を出すことの邪魔になってしまうということは、やはり気をつけて、特に技術の勉強する方にとって大事な事は、その辺を混同しない方がいいかなと。技術ができれば絵ができるので無くて、技術はあくまでも技術であって一番大事なことは人間の心でしょうからね。それがなければ駄目だなってことに気をつけておく方がいいと思います。
新谷
ありがとうございました。
司会者
では、楯さん、お願いいたします。
楯 麻子
私は作品が完成に近づいた時に、終わりが見えない時がたまにあります。それで、どこまで描けば完成なのかということが自分でわからなくなります。止める決心がわからなくて、ここで止めるとよかったなと思う時はあるのですけど、わからないときは、もっと行って戻るようにしています。その辺のアドバイスをいただければと思います。
松尾
やはり完成の日というのは、締め切りの日なんです。それは誰でもそうだと思いますよ。搬入の日に間に合わなかったら審査してもらえないし、我々だって図録に間に合わなかったらいけないんで、初日にきちっとと出すように、仕方なしに締め切りが来るから出しているのであって、完成しているから出しているわけでは無いです。完成なんてないですよね、どこまでいっても。でも、それと逆みたいなことを言うようですけど、絵で大事な事は、筆の置き所が難しいということを僕はよく先輩に言われました。絵で難しいのは、筆の置き所だよ。それはね、勘が悪いとそれが見えないのだと。勘が良い人間はそれが見えるのだ。それをよく言われました。そうして見るとね、僕の家内の場合は、家にいて滅多にアトリエに入って来ませんけどね、大きい絵を描いているときには時々はそれを途中で見るような機会があって、用事があってアトリエの部屋にくるようなことがあれば、ちらっと見ますけどね。これでもういいの、なんてよく言うんですね。つまり、まだできてないじゃないって言い方するんです。それで僕はいつもムッとしてしまう。要するに、僕の場合には八分目で止めてしまうと言う意識なんです。所謂、十二分やったかなってことまで行かないで、どこで筆を置くかというと、僕はいつもちょっと手前で置きます 。その方が、つまり隙間を作っておく、100パーセントやらないで80パーセントか80何パーセントぐらいで筆を置くと。そうすると、残り空白がありますよね。そこに見る人が入って来れるという考え方なんです。自分で100パーセントやってしまうと他の人が入り込む余地がない。それが実は、絵で言う筆の置き所何ですよね。僕はそう思ってます。100パーセントやらないで90パーセントぐらいで止めておく方が、所謂、膨らみができるんです。でもそれを貴方たちのように若い人にね、そう思ったら、今はそうなると思っちゃ駄目ですよ。これは、70歳とか80歳とかになったら思って宜しいことです。年をとって身体が弱ってくるとね、面倒くさくなりますから、当然、いやでも100パーセントやらなくなるんです。でも、やらないことによってかえって絵には膨らみが出るのじゃないのかな。
司会者
松尾先生ありがとうございました。
まだまだ、五浦の事などもお伺いしたいと思いますが予定時間が参りましたので、最後に私の方から松尾先生にお聞きしたいことがございます。
先生の初入選の時のお気持ちから現在におかれまして、一番変わられたましたことと、変わらないことをお話いただければと思います。
松尾
そうですね、変わったことは年をとったこと。それから、変わらないことは、私は未だに若いということ。二十代だということ。
色々な体重計が出ていますけれど私の体重計は年が出るんです。昨日も体重計にのってみて、私の年齢は42歳でしたよ。でも戸籍上は85歳ですからね。(笑い)
司会者
松尾先生、長い時間ありがとうございました。